解説付き対局
フィッシャー対スパスキー:第6局
Bobby Fischer · Boris Spassky · 1972-07-23 · 1-0
この一局は、中央への圧力をキングへの攻撃に変える方法を示している。ポーン交換に注目すると、なぜファイルが開くのか、そしてなぜ白のビショップが最終的に黒のナイトより有用になるのかが分かる。
解説
レイキャヴィーク1972 は、アメリカの挑戦者 とソ連の王者ボリス・スパスキーによる世界選手権マッチを指す。冷戦期にアイスランドのレイキャヴィークで行われ、通常のチェス界をはるかに越えて大きな注目を集めた。「Match of the Century」という呼び名は、その社会的な広がりを表していた。
フィッシャーの出だしは厳しかった。第1局は盤上で敗れ、カメラをめぐる対立の中、第2局は不出場で敗戦となった。0対2というスコアは、性質の異なる二つの敗北から成っていた。第3局と第5局に勝ったことで、第6局を迎える時点では両者2.5点となった。
第6局:初めてのリード
フィッシャーは1.c4で始め、クイーンズ・ギャンビット・ディクラインドに進んだ。ミハイル・タリは、フィッシャーが常に1.e4で始めていた3つの候補者マッチとの違いを指摘した。1.c4自体は初めてではない。またタリは、この選択がスパスキーを驚かせたかどうかは分からないと述べている。
勝利はオープニングだけによるものではなかった。フィッシャーは黒の中央の活動を抑え、自由なビショップと動きの限られたナイトという対比を生かして、圧力をキング側へ移した。攻撃は、それまでの制限と駒の連携を積み重ねた結果であり、単発のコンビネーションに置き換えたものではない。この勝利でフィッシャーはマッチで初めてリードした。 3.5対2.5 。
リードはまだタイトルではない
その後、スパスキーは第11局に勝っている。第6局はスコア上で追う側を入れ替えたが、選手権を決着させたわけではなかった。最終的に第21局の終了時点でフィッシャーが 12.5対8.5 で勝利し、第11代世界チャンピオンとなった。この合計には、実戦なしで決着した第2局も含まれる。フィッシャーの優勝により、ソ連の選手が世界タイトルを保持してきた24年間が終わった。
この対決の影響には、マッチ外でも具体的な数字がある。World Chess Hall of Fameによると、US Chessの会員数は1972年の30,844人から1973年の59,250人へ増加した。これは、このマッチをめぐってアメリカの組織的なチェス活動が成長したことを示す指標であり、世界全体の視聴者数でも、増加原因を一つに限定する説明でもない。
よくある混同
世紀の一局
「世紀の一局」は1956年のByrne-Fischer戦を指す。レイキャヴィーク1972は、フィッシャーとスパスキーが世界選手権を争った一連のマッチ全体である。
用語を見る出典
- 1.Icelandic Chess Federation's 1972 World Championship Match Commemorative Program, FIDE Open Chess Museum
- 2.Robert Fischer, FIDE Open Chess Museum
- 3.World Chess Championship 1972, game 6, Wikipedia
- 4.Fischer-Spassky, sixth match game, annotations by M. N. Tal, Soviet Chess History, translation by Douglas Griffin
- 5.50 years ago today: Fischer-Spassky, game six, ChessBase
- 6.1972 Fischer/Spassky: The Match, Its Origin, and Influence, World Chess Hall of Fame
