解説
ジークベルト・タラッシュは医師として働きながら、1890年代の最強選手の一人でした。1892年には医業上の都合から、実現する可能性があった世界王座マッチを辞退しました。最終的に1908年、エマニュエル・ラスカーのへ挑戦しましたが、マッチに敗れました。
古典派
教師兼著述家として、タラッシュは明快な原則を示しました。中央を占めるか支配する、早く駒を展開する、空間を得る、駒を活発に保つ、というものです。これらの規則は難しい判断を整理する助けとなり、ポジショナルな思考を幅広い読者へ広めました。
らに代表されるハイパーモダン世代は、これらの原則を硬直的に使うことへ異議を唱え、中央は遠くからも支配できると示しました。それによってタラッシュの教えが役に立たなくなったわけではありません。例外を一切認めない法則ではなく、局面に応じた指針として理解すれば、その原則は今も実践的な基礎です。教育者としての影響力から「ドイツの教師」と呼ばれました。
出典
- 1.Siegbert Tarrasch, World Chess Hall of Fame & Galleries
- 2.Britannica: The Evolution of Chess Theory (Part 3), ChessBase
