解説
ボリス・スパスキーは18歳で、国際的に並外れた実力を持つ選手へ与えられるグランドマスター称号を獲得し、19歳で候補者大会に初出場しました。1965年の予選サイクルを制しましたが、1966年の最初の王座戦ではチグラン・ペトロシアンに敗れました。再び挑戦権を得て1969年にペトロシアンを破り、第10代世界王者となりました。
一種類の局面に依存しなかったため、万能型の選手とよく評されます。キングを直接攻撃することも、辛抱強く駒を組み替えることも、難しい局面を守ることも、戦術的なコンビネーションを計算することもできました。その柔軟性により、すべての対局を同じ棋風へ押し込むのではなく、盤面と相手に合わせて計画を選べました。
1972年、レイキャビクでボビー・フィッシャーにを奪われました。冷戦下という背景から、このマッチは世界的な出来事になりましたが、スパスキーの経歴はそこで終わりませんでした。1974年に候補者準決勝、1977年には決勝へ進みました。ソ連代表として出場したオリンピアードでは、団体と個人を合わせて13個のメダルも獲得しました。2025年に88歳で亡くなりました。
出典
- 1.Boris Spassky, FIDE Open Chess Museum
- 2.Boris Spassky (1937–2025), International Chess Federation (FIDE)
